3.11 の終わりに
9年前の今日たくさんの悲しみが日本を覆った。
当然遠くに住む私たちも何がしてあげられるのか、何をしてほしいのか、一生懸命考えた。
けれどもその5日前、私は乳がん告知を受けていた。
人々の悲しみを受け入れるゆとりもなく、死ぬかも……とひとり恐怖と戦っていた。
姑から大した病気ではないと言われて泣いた日から5年抗がん剤放射線、ホルモン治療をうけた。
フルコース治療が終わって1ヶ月、夫が入れ替わるように口腔ガンを宣告された。
そして次の年夫は半年前に亡くなった母親(姑)のあとを追うように逝ってしまった。
乳ガンの寛解期まであと1年、膵臓の嚢胞は四センチに巨大化して限界まで育っている。
私は3月11日を忘れない。
地味ではあるけれど一生懸命戦った9年だった。
引きずってはいけない、前向きにと言い聞かせた日々だった。
これからも……
生きていかねばならない。
ひとりぽっちだけど進まなければ。